この記事で分かること
- 株式譲渡は「物件を売る」のではなく「法人ごと引き継ぐ」出口であり、許認可・契約・借入・簿外債務もすべて買主に渡る
- 許認可・運営実績・管理体制・銀行との関係など、個別売却では載りにくい”事業としての価値”が評価対象になりうる
- DD(デュー・デリジェンス)では簿外債務・順法性・レントロール精度・契約不整合が主な地雷になる
- 銀行は法人の実体・経営者交代後の事業継続性・既存借入の管理可能性を特に厳しく見る傾向がある
知っておきたい用語
- DD(デュー・デリジェンス)【でゅーでりじぇんす】:M&Aの際に買主側が対象会社の価値・リスクを事前調査すること。財務・法務・不動産など複数の観点から実施される。DDで問題が発覚すると価格が大きく下がるか、破談になるケースがある。調査を受ける側(売主)にとっては”法人の通知表”にあたる
最終更新日: 2026年04月24日
不動産保有法人の出口として、物件単体の売却ではなく「株式譲渡(不動産M&A)」を検討する局面があります。この手法は許認可・管理契約・融資関係をそのまま引き継げる可能性がある一方、DDに耐える法人の透明性と実体がなければ成立しにくい出口でもあります。本記事では判断軸と実務プロセスの全体像を整理します。
株式譲渡とアセット売却の違いと向くケース

株式譲渡では、売主株主が保有する株式を買主に譲渡するだけで、会社内の契約関係に変化はなく、買主は「会社という箱ごと」引き継ぐ形になります。一方、アセット(資産)売却では契約関係がいったん解除され、買主との間で再締結が必要になります。株式譲渡が検討されやすいのは、許認可や運営実績・管理体制・銀行との関係に独自の価値がある法人、後継者不在で事業ごと引き継いでもらう必要がある法人、複数棟を一括出口したい法人などのケースです。物件の収益性だけでなく”法人としての事業価値”が加わる分、個別売却と比べて買主候補が限定されやすい点も念頭に置く必要があります。
落とし穴
- 税負担の有利不利だけで判断し、法務・金融・引継ぎの難しさを織り込まない
- 実体の薄い資産管理法人でも売れると考え、銀行や買主の警戒を軽視する
- NDAや資料開示ルールが甘く、案件の秘匿性を損なってしまう
- 許認可や管理契約の価値に注目するあまり、承継条件の確認を後回しにする
チェックリスト
- 出口の目的を「現金化」「承継」「組替」「許認可維持」「融資維持」のどれが主目的か整理した
- 法人が保有する物件・借入・管理契約・許認可・従業員体制を棚卸しした
- NDA締結前後で開示資料の粒度を分け、情報漏洩リスクを管理した
- 個別売却との手残り・時間・リスクを比較し、株式譲渡が本当に最適かを再評価した
1分で要点整理
「株式譲渡は箱ごと渡す出口。許認可・運営実績・銀行関係が価値になる一方、DDに耐える透明性と法人実体がなければ成立しにくい」
判断基準
- 許認可・運営実績・管理体制が整っており、DDに出せる資料が揃っている → 買主候補への打診・専門家起用を検討する
- 法人の実体が薄い・資料不備が多い → 整備を先に行う。未整備のまま進めない
DDで見られる地雷項目と資料整備

DDでは財務・法務・不動産の三方向から調査が入ります。特に不動産保有法人で地雷になりやすいのは、貸借対照表に載っていない簿外債務(弁護士費用・修繕未払・更新費用・原状回復・大規模修繕負担等)、順法性の弱さ(違法建築・検査済証欠如・契約不整合)、レントロール・PL/BSの精度不足、住所・価格・契約情報の不整合の4点です。DDで問題が発覚すると価格が大きく下がるか破談になるケースがあるため、売主側は事前に自社DDを行い、問題を先に把握しておくことが重要です。
落とし穴
物件の収益性だけで話を進め、法人内の簿外債務や過去取引の不整合を見落とすケースが最も多い地雷です。大規模修繕や未払費用が後から見つかり、価格調整や破談につながるケースもあります。
チェックリスト
- 直近PL/BS・稼働実績・賃貸借契約書・管理契約・借入一覧・返済予定表を揃えた
- 簿外債務の候補(弁護士費用・修繕未払・更新費用・EV更新等)を洗い出した
- 順法性を確認した(違法建築・再建築不可・検査済証・契約不整合・権利関係)
- 特殊許認可がある場合、名義・承継可否・実績開示範囲を確認した
- 住所・価格・契約情報の不整合がないかを確認した
- レントロールとPL/BSの精度を確認し、説明できる状態にした
1分で要点整理
「DDの地雷は簿外債務・順法性・レントロール精度・契約不整合の4点。売主側は事前自社DDで問題を先に把握し、説明できる状態で臨む」
判断基準
- 資料が揃っており説明できる状態 → DDに臨む。専門家(弁護士・会計士・税理士)を起用する
- 資料不備・不透明債務がある → 開示前に整備する。未整備のまま買主に開示しない
銀行評価と引継ぎ実務のポイント

銀行は経営者交代後も事業継続性があること・既存借入の管理可能性があることを重視します。特にペーパー色の強い法人・グループ間取引が不透明な法人・既存借入の全体収支が見えにくい法人は、途中で審査が止まりやすい傾向があります。買主への引継ぎでは、物件の収益だけでなく法人としての実体・運営実績・銀行との関係を説明できる形にしておくことが、クロージングを止めない条件になります。
落とし穴
個別物件売却の感覚で進め、経営者交代後の運営体制や銀行説明の準備をしていないケースが地雷になります。銀行への説明が後回しになると、融資継続の見通しが立たず破談に至るケースがあります。
チェックリスト
- 金融機関に対して、経営者交代後も事業継続性があることを示せる状態か確認した
- 既存借入・全体収支・グループ一体評価の観点で銀行説明ができる準備をした
- 買主候補に対して、物件収益だけでなく法人実体・運営実績・銀行との関係を説明できる形にした
- 最終DD・クロージング・運営承継の日程を関係者と調整した
- 個別案件の税務・法務判断は税理士・弁護士・会計士に確認した
1分で要点整理
「銀行は法人実体・事業継続性・借入管理可能性を見る。経営者交代後の説明を事前に準備し、クロージングまで銀行との関係を維持する」
判断基準
- 法人実体が明確で銀行に説明できる状態 → 融資継続の見通しを銀行に早期確認する
- 実体が薄い・グループ取引が不透明 → 整備と説明準備を先に行う。銀行への打診を急がない
よくある質問
Q1. 株式譲渡と物件の個別売却では、税負担にどのような違いがありますか?
A. 一般的に、不動産の個別売却では売却益に対して法人税等が課されるのに対し、株式譲渡では株式の売却益に対する課税が適用されるため、税負担の構造が異なるとされています。ただし、税務上の有利不利は保有期間・法人の状況・個人か法人かなど多くの要因によって異なります。個別案件の税務判断は必ず税理士にご確認ください。本記事では税額の断定は行いません。
Q2. DDで簿外債務が見つかった場合、どうなりますか?
A. DDで重大な問題が発覚した場合、価格の減額交渉・表明保証条項の追加・補償条項の設定などの対応が検討されるケースがあります。問題の深刻度によっては破談になる場合もあります。売主側は事前に自社で問題を洗い出し、説明できる状態で臨むことがリスク低減につながります。具体的な対応は弁護士・会計士に確認することをお勧めします。
Q3. 許認可は株式譲渡後も自動的に引き継がれますか?
A. 株式譲渡では会社の契約関係が原則継続しますが、許認可については種類によって承継条件が異なります。名義変更が必要なもの、所管官庁への届出が必要なもの、実質的に引き継げないものがある場合もあります。許認可の種類ごとに承継可否・継続条件を事前に確認することが必要で、個別判断は専門家(行政書士・弁護士等)にご確認ください。
用語解説
- DD(デュー・デリジェンス)【でゅーでりじぇんす】: M&Aの際に買主が対象会社の価値・リスクを事前調査すること。財務DD・法務DD・不動産DDなど複数の観点から実施される。売主側にとっては「法人の通知表」にあたり、事前整備の水準がそのまま価格と成否に影響する
- 簿外債務【ぼがいさいむ】: 貸借対照表(B/S)に計上されていない債務のこと。弁護士費用・修繕未払・更新費用・原状回復費用・大規模修繕負担などが典型例。DDで発覚した場合、価格減額や破談の原因になりうる
- アセット譲渡【あせっとじょうと】: 物件(資産)を個別に売却する方法のこと。買主との間で契約関係を再締結する必要がある。株式譲渡と異なり、許認可・管理契約・融資関係は原則として引き継がれない
- COC条項【しーおーしーじょうこう】: チェンジ・オブ・コントロール条項。支配権変更(株式譲渡等)が発生した場合に、相手方が契約を解除または条件変更できる旨を定めた条項のこと。主要な契約にCOC条項がある場合、株式譲渡後に契約が失効するリスクがある
免責事項: 本記事は一般的な情報提供を目的としており、法的助言・税務助言・投資助言・M&A助言ではありません。株式譲渡・事業譲渡・M&Aの手続き・税務上の取り扱い・許認可の承継可否・銀行評価の基準は、案件・法人・金融機関・時期によって大きく異なります。本記事に記載された内容は「一般的な傾向・ケース例」であり、個別案件の法的・税務的・財務的判断については、必ず弁護士・税理士・公認会計士・司法書士・不動産会社・金融機関等の専門家にご確認ください。「この記事だけで実行できる」見せ方は意図していません。
引用元:
- [1] M&Aキャピタルパートナーズ「不動産M&Aとは?メリット・デメリットや節税効果、スキームを解説」 – https://www.ma-cp.com/about-ma/real-estate-manda/
- [2] M&Aキャピタルパートナーズ「事業譲渡と株式譲渡の違いとは?中小企業M&Aで多用される2手法の判断軸を解説」 – https://www.ma-cp.com/about-ma/business-transfer-and-stock-transfer/
- [3] M&Aサクシード「M&Aの簿外債務は?種類・原因・対応策を解説(公認会計士監修)」 – https://ma-succeed.jp/content/knowledge/post-10665
- [4] みつきコンサルティング「不動産デューデリジェンスとは?M&Aの調査項目・鑑定士等の費用」 – https://mitsukijapan.com/ma/column/realestate-due-diligence-in-ma/
- [5] 東京スタートアップ法律事務所「デューデリジェンスの目的と流れ・M&Aで調査を受ける側の準備と注意点も解説」 – https://tokyo-startup-law.or.jp/magazine/category08/purpose-and-process-of-due-diligence/


