「5棟10室」の壁:銀行が投資家を”プロ扱い”する境界線

融資・投資判断の実務

この記事で分かること

  • 「5棟10室」は税務基準だが、融資でも扱いが変わる目安になる
  • 銀行が”初心者向けパッケージ”から切り替える理由と兆候
  • 壁を超えると自己資金・審査資料・審査速度がどう変わるか
  • 拡大前に整えておくべき順序と、急がないほうがいい判断

知っておきたい用語

  • 事業的規模:税務上「不動産賃貸が事業と見なされる規模」のこと。家を5つ以上、または部屋を10室以上貸していると該当する目安で、たとえるなら「趣味のフリマ出店」が「お店の経営」と見なされる境界線のようなもの

最終更新日: 2026年03月02日

「5棟10室」の壁とは何か

「5棟10室」は、銀行が投資家を”初心者”から”事業者寄り”へ切り替える判断の目安です。税務上の基準がそのまま融資審査の分岐点としても機能しやすい構造になっています。

壁は”数字”というより”扱いの切替点”

「5棟10室」の数字そのものに法的な融資ルールがあるわけではありません。もともとは所得税基本通達26-9に定められた「事業的規模」の形式基準で、戸建て5棟以上またはアパート・マンション10室以上を貸し付けていれば、税務上「事業」として扱われます。

ただし、銀行の融資判断でもこの基準が参照されるケースがあります。規模が一定を超えると、銀行内部で「アパートローン(パッケージ型)」から「プロパーローン(個別審査型)」へ審査の土台が切り替わりやすくなるためです。

  • アパートローンには融資上限(多くは3億円以内)があり、保証会社が介在する
  • プロパーローンは上限が明確にないが、金融機関が独自基準で個別審査する
  • 保有数が増えるほど「パッケージで処理しにくい先」と判断されやすい

つまり、壁の正体は「数字」ではなく「銀行の内部処理がパッケージから個別精査に切り替わるタイミング」です。

棟数・室数・名義の見られ方

銀行は棟数・室数だけでなく、名義の分散状況も見ます。

  • 戸建て1棟は2室換算が基本(税務上の通達に準拠)
  • 個人名義・法人名義・配偶者名義が分かれていても、実質的な支配関係があれば合算して見られることがある
  • 新設法人で買い増した場合でも、代表者の個人借入と合わせて「全体の与信」として把握される傾向がある

戸建てを複数積み上げている場合は、室数換算で想像以上に早く境界線に近づくことがあります。区分3戸+戸建て3棟であれば、3室+6室=9室。次の1件で10室に届く計算です。

なぜ銀行は一定規模を超えると態度を変えるのか

銀行が態度を変えるのは、融資先のリスク特性が「本業収入で返せる個人」から「不動産事業の成否に左右される事業体」に変わるためです。

初心者向けパッケージの守備範囲

アパートローンのようなパッケージ型融資は、「サラリーマンの安定収入+少数の物件」を前提に設計されています。

  • 審査は定型的で、年収・勤続年数・物件の担保評価が中心
  • 保証会社が審査の一部を担うため、銀行側の判断負荷が小さい
  • 審査期間が2〜3週間と比較的短い

この仕組みは、保有数が少ないうちは効率的に機能します。しかし、棟数・室数が増えると保証会社の引受基準を超えたり、全体の借入額が保証枠に収まらなくなったりします。

本業安定・属性重視から事業性評価へ

保有数が少ないうちは「年収800万円の会社員で信用情報に問題がない」といった属性が審査を左右します。しかし規模が増えると、銀行は以下の観点を重視するようになります。

  • 既存物件全体の稼働率と収支バランス
  • 空室が出た場合の返済余力(ストレス耐性)
  • 借入総額に対する純収益の比率
  • 物件ごとの出口戦略の有無

金融庁による投資用不動産向け融資への監視強化(2018年以降のスルガ銀行問題を契機とした一連の規制)もあり、銀行は「属性が良ければ通す」から「事業として成り立つか精査する」方向へ明確にシフトしています。

銀行側の防衛策としての審査厳格化

銀行が審査を厳しくするのは、投資家を困らせたいからではありません。規模が大きくなった融資先が返済不能になった場合の損失が大きくなるためです。

  • 1件1,500万円の戸建てが3棟なら4,500万円のリスク
  • さらに3棟追加すると9,000万円のリスク
  • 加えて一棟物件を買い増せば1億円超のリスクになる

銀行から見れば、「これまでと同じ審査で同じ条件を出し続ける合理的な理由がない」というのが率直なところです。

壁を超えると何が変わりやすいか

壁を超えると、「フルローン前提の拡大」「簡易な審査」「スピード決済」の3つが同時に崩れやすくなります。

フルローン前提が崩れる

保有数が少ないうちにフルローンやオーバーローンで購入できた経験があると、「次も同じ条件で行ける」と思いがちです。しかし、規模が増えると自己資金を求められるケースが増えます。

  • 一般的な目安として、物件価格の10〜20%の自己資金を求められることが多い
  • 日本政策金融公庫など堅実な金融機関では30%を目安とするケースもある
  • 既存物件の収益性が弱い場合、さらに上乗せされることがある

自己資金・既存収支・資料精査が重くなる

パッケージ型であれば、源泉徴収票と物件資料程度で審査が進むことがあります。事業性評価に移ると、求められる資料が一気に増えます。

  • 全保有物件のレントロール(賃貸借一覧)
  • 既存借入の返済予定表(全件)
  • 確定申告書・決算書(直近2〜3期分)
  • 物件ごとの修繕履歴・管理状況
  • 事業計画書(購入後の収支見通し)

「前は聞かれなかったのに、今回はこんなに出すのか」という声は、規模が切り替わるタイミングでよく聞かれます。

スピード審査から個別精査へ移る

パッケージ型の審査期間が2〜3週間程度であるのに対し、プロパーローンや個別精査では1〜2ヶ月かかることも珍しくありません。審査の過程で追加資料を求められたり、支店決裁で収まらず本部稟議に回ったりするケースもあります。

物件の購入競争においては、このスピード差が致命的になることがあります。「融資が間に合わない」という理由で物件を逃す場面が増えるのも、壁を超えた後の現実です。

自分が”プロ扱い予備軍”か見分けるチェック

「まだ大丈夫」と思っている段階で確認しておくことが、壁に備える最善策です。

保有数・名義・既存借入の棚卸し

以下の項目を一度書き出してみてください。

  • 棟数と室数:戸建ては1棟=2室換算で合計する
  • 名義の状況:個人・法人・配偶者・親族名義に分散していないか
  • 既存融資の性質:今の融資が「属性頼みの定型枠」か「事業性評価寄り」か
  • 既存物件の返済状況:元金返済の進捗、残債と時価のバランス
  • 空室耐性:全物件の平均稼働率が下がった場合の返済余力

次の1件で条件が崩れるパターン

以下のいずれかに当てはまる場合、次の融資で条件が変わる可能性があります。

  • 合計室数が8〜9室で、次の購入で10室に届く
  • 今使っている金融機関のアパートローン枠の上限に近づいている
  • 直近の確定申告で不動産所得がマイナスまたはギリギリ黒字
  • 既存物件に空室が複数あり、満室想定でしか返済が回らない
  • 法人を新設したばかりで、決算実績がまだない

💡 落とし穴(よくある思い込み)

  • 「今まで通ったから次も同じ条件でいける」と思い込む → 銀行は案件ごとに判断しており、過去の実績は保証にならない
  • 戸建てを積み上げて室数換算を見落とす → 戸建て5棟で10室相当。気づいたときには境界線上にいることがある
  • 「法人化すれば融資に有利」と一律に考える → 新設法人は実績ゼロ扱い。かえって初心者枠を外れるリスクがある
  • 物件単体の収益だけ見て、既存借入の全体収支を軽視する → 銀行は”全体の返済余力”で判断する
  • 他人の通過事例を一般化する → 属性・物件・タイミングが違えば同じ結果にはならない

✅ チェックリスト(拡大前の自己点検)

  • 現在の保有数を「棟数」「室数」「戸建ての数え方(1棟=2室)」で棚卸しした
  • 個人名義・法人名義・新設法人予定の有無を整理した
  • 既存融資が”属性頼みの定型枠”か”事業性評価”寄りか分けて把握している
  • 既存物件込みの返済状況・収支・空室耐性を確認した
  • 次の1件で必要になりそうな自己資金レンジを見積もった
  • いま使っている銀行ルートが尽きた後、次に当たる金融機関の順序を確認した
  • 買い増し一辺倒ではなく、売却・組み換え・保有整理も選択肢に入れた

🗣 1分で要点を整理(金融機関や専門家に伝える言い方)

「現在、個人名義で区分○戸と戸建て○棟、合計○室相当を保有しています。既存借入は○行で合計○万円、返済比率は○%です。次の購入を検討していますが、今のパッケージ枠がどこまで使えるか、それとも別の融資形態を検討すべきか、ご意見をいただけますか。法人化も視野に入れていますが、現時点では個人名義のまま進めるつもりです」

このように、保有数・借入総額・返済比率・名義の方針をまとめて伝えると、金融機関側も回答しやすくなります。


🔀 判断基準(条件分岐)

あなたの状況優先すべきアクション
合計室数が7室以下で、既存収支が安定している現行のパッケージ枠で拡大可能か確認。急ぐ必要はない
合計室数が8〜9室で、次の1件で10室に届く次の融資条件が変わる可能性を前提に、自己資金と資料の準備を進める
すでに10室超で、直近の審査が重くなった事業性評価に対応できるよう、既存物件の収支改善や出口整理を優先する
法人化を検討しているが決算実績がない法人での実績を先に作ることを検討。名義移転を急がない
既存物件に空室が多く、全体収支が弱い買い増しより既存物件の稼働改善・保有整理が先

壁の前後で取るべき打ち手

壁の存在を知ったうえで、「何をどの順番で整えるか」が拡大戦略の精度を左右します。

買い増し前に整える順番

拡大を考える前に、以下の順番で整理することが実務上有効です。

  1. 既存物件の収支を整える → 空室を埋める、管理コストを見直す
  2. 既存借入の全体像を把握する → 返済予定表を全件取り寄せ、残債と時価を比較する
  3. 次に使える金融機関の選択肢を洗い出す → 今のルートが尽きた場合の次の当たり先を確認する
  4. 必要な自己資金レンジを見積もる → 物件価格の10〜30%を目安に、手元資金の余裕を確認する

「買いたい物件が出てきたから動く」ではなく、「いつ出てきても動けるように整えておく」方が、結果的に良い条件を引き出しやすくなります。

名義変更・法人化を急がない判断

「規模が大きくなったから法人化したほうがいい」という情報は多いですが、融資の観点では注意が必要です。

  • 新設法人は決算実績ゼロのため、「初心者枠」すら使えないことがある
  • 個人から法人への名義移転は、銀行によっては一括返済を求められるケースがある
  • 法人化のメリット(税制面)と融資上のデメリット(実績不足)を天秤にかける必要がある

法人化は「やるかやらないか」ではなく、「いつ、どの物件から、どの順番で」設計するものです。税理士や融資に詳しい専門家への相談を推奨します。

出口や組み換えも含めた再設計

買い増しだけが拡大ではありません。

  • 収益性の低い物件を売却し、残債を圧縮することで「銀行から見た貸しやすさ」が上がる場合がある
  • 築年が経過した物件を手放し、より評価の高い物件に入れ替えることで、担保評価と収益性の両方を改善できることがある
  • 保有整理の結果、全体のキャッシュフローが安定すれば、次の融資条件が有利になるケースもある

「次に何を買うか」だけでなく、「今持っているものをどう整理するか」を含めた再設計が、壁を越えるための現実的な打ち手になります。


よくある質問

Q: 「5棟10室」を超えたら、必ず融資条件が悪くなるのですか?

A: 必ずではありません。「5棟10室」はあくまで目安であり、銀行ごとに判断基準は異なります。既存物件の収支が安定していて、返済余力が十分にあれば、条件が大きく変わらないケースもあります。ただし、「これまでと同じパッケージで通る」前提は持たないほうが安全です。

Q: 戸建てばかり買い増しても、壁に近づいているとは限りませんか?

A: 戸建ては1棟=2室換算で数えます。戸建て5棟で10室相当になるため、区分マンションやアパートを持っていなくても、戸建ての積み上げだけで境界線に到達します。見落としやすいポイントなので注意が必要です。

Q: 法人を作って新規で買えば、個人の保有数とは別カウントになりますか?

A: 銀行によっては個人と法人を別々に審査する場合もありますが、実質的な支配者が同一であれば、合算して与信判断されるケースが多いです。「法人で分ければリセットされる」という考え方は、現在の融資実務では通用しにくくなっています。


まとめ

「5棟10室」の壁は、単なる数字の節目ではありません。銀行が融資先を「初心者向けの定型パッケージで処理できる先」から「事業として個別に精査すべき先」へ切り替える境界線の目安です。

壁を超えること自体は悪いことではありません。しかし、準備なく超えると、自己資金の不足・審査の長期化・条件の悪化に直面しやすくなります。拡大を目指すなら、まず既存物件の収支を整え、全体の借入状況を棚卸しし、次に使える金融機関のルートを確認する。この順番を踏むだけで、壁を超えた後の融資交渉は格段にスムーズになります。


【用語解説】

  • 事業的規模【じぎょうてききぼ】: 所得税基本通達26-9に基づく基準で、戸建て5棟以上またはアパート・マンション10室以上の不動産貸付を指す。青色申告特別控除65万円などの税制優遇が適用される目安
  • アパートローン【あぱーとろーん】: 金融機関が賃貸用不動産の購入・建築向けに提供するパッケージ型融資。保証会社が介在し、審査が定型的で期間が短い反面、融資上限が設定されていることが多い
  • プロパーローン【ぷろぱーろーん】: 保証会社を介さず、金融機関が独自の基準で個別審査する融資。融資上限が明確にない一方、審査は厳格で期間も長くなる傾向がある
  • 事業性評価【じぎょうせいひょうか】: 融資先の事業内容や収益性、将来性を総合的に判断する審査手法。不動産投資では、物件の稼働率・収支・出口戦略などが対象になる

免責事項: 本記事は一般的な情報提供を目的としており、法的助言・税務助言・投資助言ではありません。制度や税制、金利、各種条件は変更される可能性があるため、最新情報は公的機関・金融機関・専門家にご確認ください。


引用元:

この記事を書いた人

この記事は 櫻井 洸太 が執筆しています。建築・テレビ業界・営業の経験で得たフットワークの軽さを武器に、収益不動産のこれからをご提案していきます。 執筆者紹介はこちら

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